介護の現場には、独特の仕事の分け方があります。
その日にやるべき業務が仮に100あったとして、それをその日の配置人数で分け合って、全部終わらせる。誰かが終わっても、他が残っていれば終わりではありません。
他の業種だと、自分の担当分を終わらせれば一区切りになることが多いと思います。介護はそうなりません。感覚としては、飲食店のピークタイムに近い。持ち場は決まっていても、実際は状況を見て動くことになります。
介護の仕事を16年やりました。1社目に5年、2社目に11年です。この記事は、その中で「この人と組むとよかった」と思ったスタッフの話です。
介護の現場には、1人で60こなす人と20の人がいる
同じ業務量を分け合うといっても、人によってこなす量は全然違います。
1人で60くらい持っていける人もいれば、20くらいの人もいる。これは事実なので、そのまま書きます。
当然、60できる人と組んだ日は楽です。自分の負担が減ります。シフトを見て、今日はこの人か、と安心することもありました。
ただ、それが全てではありませんでした。
介護の現場で、自分と違う範囲を見ているスタッフがいた
あるスタッフと組んでいて、気づいたことがあります。
僕が物事の1から5あたりを見て判断しているとき、その人は4から8を見て判断していました。
重なっているのは4と5だけです。同じ場面にいて、同じ仕事をしているのに、見ている範囲がずれている。
これに気づいたとき、けっこう驚きました。自分が見ていなかった6、7、8を、その人はずっと見ていたということだからです。
自分の視点や考え方が全てではない。こういう見方もあるのか、と分かること自体が、たぶん一番の成長でした。
実際、自分の考えが煮詰まったときには、その人に相談していました。違う角度から見ている人の意見は、自分の中からは絶対に出てきません。
それに気づいたのは、業務中ではなく雑談の場だった
ここが大事なところです。
その人が4から8を見ていると分かったのは、仕事をしている最中ではありませんでした。利用者も交えて、みんなで談笑しているときです。
何の話だったかは、正直もう覚えていません。ただ、その流れの中で、その人がどこを見て何を考えているのかが出てきた。
一緒に働いているだけでは、相手が何を見ているかは分かりません。判断の中身は、外からは見えないからです。動きは見えても、なぜそう動いたかは見えない。
普段から雑談ができる関係を作っていなければ、あの話にはならなかったし、気づくこともなかったと思います。
気づいていなければ、その人は「仕事が遅い人」になっていた
怖いのは、ここです。
もし視点の違いに気づいていなかったら、僕はその人をどう評価していたか。
たぶん「仕事が遅い人」でした。
1から5を見て動いている人間から見れば、4から8を見ている相手は、目の前のことに手をつけていないように映ります。同じ場面で違うものを見ているだけなのに、評価としては遅いになってしまう。
さっき、1人で60こなす人と20の人がいると書きました。でもその60や20という数字も、見ている側の物差しでしかありません。
そして一度「遅い人」という評価がついてしまうと、その人は発言しにくくなります。意見も出にくくなる。違う視点を持っていた人が、ただ遅い人として扱われて終わる。
そういうことは、たぶんあちこちで起きていると思います。
相手の視点が分かると、フォローに回れるようになる
視点の違いが分かると、実務として変わることがあります。
この人はこういう理由でこう動いているのかな、と推測ができるようになります。
推測ができれば、相手が次に何をしようとしているかが読めます。読めれば、先回りしてフォローに回れる。
よく「あの人は気が利く」「勘がいい」と言われる人がいますが、あれは天性のものではないのかもしれません。相手が何を見ているかを知っているから、次が読めているだけ。だとすれば、誰でも再現できるということになります。
おかしいことに、その場でおかしいと言えるスタッフ
組んでよかったと思う人は、他にもいます。
ひとりは、おかしいことに、その場でおかしいと言える人でした。
面倒になりそうだとか、角が立ちそうだと思うと、その場では言わずに飲み込んでしまうことがあると思います。僕にもあります。
その人は、ちゃんと言っていました。
ただ、これは基準がブレていると危険です。機嫌で怒る人になってしまうと、周りは何も言えなくなります。その人は、そこがブレませんでした。いつ何を言われるかが読める人だった、ということです。
結果として、問題が先送りにならない状態を作ってくれていました。その場で片付くので、あとに残りません。
指示がなくても、今いちばん重要な仕事を潰していくスタッフ
もうひとり、忘れられない人がいます。
こちらから何も言わなくても、僕の動きと利用者の状況を見て、その時点でいちばん重要な業務を先に潰していく人でした。
正直に書くと、僕は自分の仕事が早いほうだと思っています。段取りを考えて動くタイプです。
その人は、それより早かった。
次にこれをやらなければ、その次はあれだな、と考えていたことが、もう終わっているんです。
全体を俯瞰で見ながら動いていたのだと思います。自分の持ち場ではなく、その日の100がどう進んでいるかを見ている。
介護は、伝えられない相手を理解しようとする仕事
ここまで書いてきて、思うことがあります。
介護というのは、利用者を理解しようとしながら働く仕事です。
しかも、認知症の方が多くいます。自分から伝えられないことがたくさんある。それでも表情や様子から、何を感じているのかを読み取ろうとします。難しいことですが、毎日やっています。
それに比べたら、スタッフ同士は話ができます。
伝えられない相手を理解しようとしている人が、話せる相手のことは分かろうとしていない。よく考えると、おかしな話です。
新しい能力は何も要りません。利用者に向けている理解の仕方を、そのまま同僚にも向けるだけです。
まとめ:上下ではなく、責任を取る役割が違うだけだった
最後に書いておきたいことがあります。
当時、僕は立場としては上にいました。でも、その人たちより自分が上だと思って働いたことはありません。
みんな年上だったこともあります。ただそれ以上に、上下ではなく同じチームだという感覚のほうが強かった。責任を取ることが多いのが僕や上司だった、というだけの話です。
そう思っていなかったら、たぶん談笑の中で相手の視点に気づくこともなかったし、煮詰まったときに相談することもできなかったと思います。
1人で60こなせるかどうかだけで人を見ていると、見落とすものがあります。少なくとも僕は、見落としかけました。
ただ、誰と働けるかは選べません
ここまで書いてきた人たちと働けたのは、運が良かっただけです。16年いて、仕事の面ですごいと思ったのは数人でした。
だから、良い人がいる職場を探すというのは現実的ではありません。確かめられるのは、条件と人員配置のほうです。僕はそれをせずに移って、失敗しました。
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