介護の現場で、不穏になって暴言が出たり怒ったりしている利用者に、キレ返したくなったことはありますか。
僕はあります。何度もあります。
先に書いておきますが、その気持ちは十分すぎるほど分かります。理不尽なことを言われて、こちらは何も悪くなくて、それでも謝って、次の業務に行かなければいけない。あの状況で腹が立たない人のほうが少ないと思います。
向こうも人間で、こちらも人間です。いくら仕事でも、感情的になってしまうことはあります。それ自体を責める気はまったくありません。
そのうえで書きます。僕は16年間、勤務中はとにかく笑っていることを意識していました。
これは優しさの話でも、心構えの話でもありません。仕事をできる限りスムーズに終わらせるための、最適解だと思っているからです。持論ですが、16年やって一番効率化できたものが何かと聞かれたら、僕は笑顔だと答えます。
介護の仕事を16年やりました。1社目に5年、2社目に11年。その後、39歳で異業種に移りました。この記事は、現場にいた16年で何を考えて笑っていたのかという話です。
介護の現場で笑顔を意識するようになった理由
先に言っておくと、僕はもともと人見知りです。今もそうだと思っています。
人と話すのが得意で、自然に笑顔が出るタイプだったから笑っていたわけではありません。むしろ逆です。
考えたのは単純なことでした。自分だったら、どういう人になら話しかけやすいか。
むすっとしている人には話しかけにくい。何を考えているか分からない人にも話しかけにくい。逆に、笑っている人には話しかけやすい。それだけです。
自分が話しかけられる側になったときのことを考えて、逆算しました。だから僕の笑顔は、最初から作りものです。自分では、作り笑顔を貼り付けて仕事をしている感覚がずっとありました。
それでも、同僚から「あんたはいつもニコニコしていていいね」と言われる程度には、違和感がなかったようです。
認知症の方は、笑顔で来る人を「知っている人」だと判断している
もうひとつ、現場にいて感じていたことがあります。
これは僕が見ていた範囲の話で、医学的にどうという話ではありません。ただ、16年の間ずっとそうだと感じていました。
認知症が進むと、いろいろなことが分からなくなっていきます。人の顔も分からなくなる。名前も出てこない。昨日会ったことも覚えていない。
それでも、無表情で話しかけてくる人は「知らない人」、笑顔で話しかけてくる人は「知っている人」という受け取られ方をしているように見えました。
記憶としては残っていないのに、なんとなくいつも見る、いつも笑っている人、という位置には収まる。名前も顔も分からないままで、そこには入れる。
だから僕は、覚えてもらうことを目指していませんでした。覚えてはもらえないからです。目指していたのは別のことでした。
介護の現場で目指していたのは、冗談を言い合える関係
具体的に何を目標にしていたかというと、冗談を言い合える関係です。
たとえば、椅子に座っている利用者の上に座ろうとするふりをします。本当に座ったら大変なことになるので、あくまでふりです。
すると「折れる、折れる」と笑いながら言われます。しばらくそれをやっていると、今度は向こうが僕の上に座ろうとしてきたりします。
食事の時間なら「今日は◯◯さんのごはん、僕が食べます。◯◯さんの分はなしです」と言います。すると「それ以上大きくなったら困るでしょ、あげません」と返ってきます。
「それ、僕が食べるって言ったじゃないですか」「あげるわけないでしょう」
このくらいのやり取りが自然に出る関係を、目標に置いていました。
もちろん相手を見てやることです。誰にでも、いつでもやっていいことではありません。ただ、それができる関係を作ることは、ずっと意識していました。
介護の笑顔は、作り笑顔でいい
自然な笑顔でいましょう、と言われても難しいと思います。僕もできません。
やっていたのは、もっと単純なことです。くだらないことでも笑うようにする。
正直、何が面白いのか分からない話もあります。それでも笑います。相手が話して、こちらが笑ってくれたら、次も話しやすいからです。
これを続けていると、表情を作っているというより、表情が動いている状態が普通になります。作り笑顔が不自然に見えるのは、顔だけ固めて中身が動いていないときだと思います。笑う回数そのものが多ければ、そこは埋まります。
ひとつだけ補足すると、笑ってはいけない場面はあります。そこはケースバイケースです。何があっても笑っている人になれ、という話ではありません。判断が先にあって、そのうえでの笑顔です。
介護で笑顔が効率になる理由
ここが本題です。なぜこれを効率の話だと考えているのか。
言い返すと、後で自分が大変になる
不穏になっている利用者に、こちらが感情で返したとします。
その場は多少すっきりするかもしれません。でも、そのあと不穏な状態が続きます。落ち着かない時間が長引いて、他の業務が止まります。結局、全部自分に返ってきます。
だからキレ返さないのは、我慢しているからではありません。そのほうが後が楽だからです。
話しかけてもらえないと、必要な情報が入ってこない
これはスタッフに対しても同じです。
介護はチームで動く仕事です。ひとりで完結する業務はほとんどありません。誰かが気づいたことを共有してもらえないと、こちらが困ります。
話しかけにくい人には、大事な話しか来なくなります。大事な話だけが来る状態は、一見効率がよさそうに見えて、実際は逆です。「なんか今日いつもと違う気がする」くらいの話が来なくなるからです。
くだらない話ができる関係になっていると、そういう半端な情報が入ってきます。それが結果的に事故を防いだり、対応を早くしたりします。
介護の現場で身についた、表情を読む癖
笑顔を意識していたことと、もうひとつセットで身についたものがあります。人の表情を見る癖です。
もともと人見知りなので、相手の様子をうかがう癖は昔からありました。それが現場で役に立ちました。
利用者の表情を見ていると、今は話しかけないほうがいいタイミングだとか、何か困っていそうだとか、なんとなく分かるようになります。断言できるほど正確ではありませんが、当たることのほうが多かったと思います。
なぜこれが必要だったかというと、僕がいた現場では、5分前まで笑っていた方が、部屋に入った途端に強い口調で出てくる、ということが起きたからです。その日その時の状態が続く保証がありません。だから、その都度見るしかない。
これは一緒に働く人に対しても同じでした。同じことを頼んでも、日によって返ってくる反応が違うことがあります。相手にも事情があるからです。理由までは分かりません。分からなくていいと思っています。表情を見て、聞いてから動けばいいだけです。
介護の笑顔は、結局のところ自分のためだった
最後に、少し不思議な話をします。
僕は自分のことを、今でも人見知りだと思っています。作り笑顔を貼り付けて仕事をしていた自覚もあります。
それなのに、同僚からよく言われていたのは、この2つでした。
コミュニケーション能力が高い人。
相手の懐に入るのがうまい人。
自分の認識と、まったく違います。
後になって思うのは、このズレ自体が答えなのだろうということです。もともと得意な人なら、評価と自己認識はずれません。ずれているということは、意識してやっていたことが、外から見て機能していたということだと思います。
そして、介護を辞めて異業種に移るとき、僕は自分の強みをまったく説明できませんでした。当然です。本人にとっては、苦手を埋めるためにやっていた作業でしかないからです。得意なことをやっている感覚がないものを、強みとして数えることはできません。
まとめ:介護の笑顔は、優しさではなく段取りの話
僕はもともと、段取りを考えて動くタイプです。これをやっている間にあれを済ませたほうが早い、といつも考えています。
その人間が16年やって、一番効率化できたものが笑顔でした。
キレ返さないのは我慢ではなく、そのほうが後が楽だから。くだらない話に笑うのは愛想ではなく、話しかけてもらえる状態を作るため。冗談を言い合える関係を目指すのは、仲良くしたいからではなく、そこまで作っておかないと回らない場面があるからです。
あくまで持論です。ただ、16年やって、僕はこれが一番効いたと思っています。
ただし、これができるかどうかは職場によります
ここまで書いてきたことは、ある程度の余裕がある職場だから成立していた部分もあります。世間話をする時間もないほど詰まっている現場では、同じことは難しいと思います。
僕は一度、条件を確かめないまま職場を変えて、失敗しています。その話は別の記事に書きました。
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