介護の仕事をしていて、イラッとしたことはありませんか。
僕はあります。何度もあります。
介護の仕事を16年やって、辞めました。振り返ると、いちばん削られたのは体力ではなく、この部分でした。
この記事では、5分おきに同じ訴えを受け続けたときに何が起きるのかと、僕がどうやってやり過ごしていたかを書きます。
読み終えたときに、ひとつだけ思ってもらえればと思います。イラッとする自分は、おかしくありません。
5分前に行ったのに、また呼ばれる
トイレに行きたい、と言われます。
連れて行きます。戻ってきて、席に座ってもらいます。
5分後、また言われます。
これが1日に何十回と続くことがあります。珍しいことではありません。
そして、正直に書きます。行っても、出ません。
出るなら、行く意味があります。体調の問題かもしれないし、必要なことです。
でも、さっき行ったばかりなので、出るものがない。それでも訴えは止まりません。
ご本人にとっては、毎回が1回目です
先に、これだけは書いておきます。
ご本人が困らせようとしているわけではありません。
さっき行ったことを覚えていない。だから、そのときの尿意は本物です。こちらには20回目でも、向こうには1回目です。
これは、その方が悪いという話ではありません。そういう状態にある、というだけです。
分かっています。分かってはいるんです。
きついのは回数ではなく、動けなくなること
何が大変なのかを、具体的に書きます。
回数そのものではありません。その間、他のことが一切できなくなることです。
トイレの介助には時間がかかります。移動して、介助して、また戻る。それを5分おきにやっていたら、他の人のところへ行けません。
他にもトイレに行きたい方がいます。その方には、待ってもらうことになります。さすがに、そうするしかありません。
先に呼ばれた方が優先というだけの話なのに、結果として、行けば出る方を待たせて、行っても出ない方に付いていることになります。
夜勤だと、代わってくれる人がいません
これが夜勤で起きると、もっと単純な話になります。
ひとりです。
日中なら、他のスタッフに代わってもらうこともできます。少し離れて、頭を切り替える時間も作れます。
夜勤では、それができません。朝まで、自分ひとりで受け続けることになります。
人数だけの問題じゃない|介護の夜勤、一人(ワンオペ)体制で何が起きるか
そして、放っておくこともできません
ここが、いちばん逃げ場のないところです。
頻繁に立ち上がろうとする方は、転倒のリスクが高いことが多いです。
つまり、無視するという選択肢がありません。呼ばれて行かなければ、自分で立ち上がって、そこで転ぶ可能性があります。
行っても出ない。でも、行かないわけにはいかない。
この構造が、いちばん削られます。
だから、イラッとします
ここまで書けば、分かってもらえると思います。
イラッとします。こちらも人間なので。
介護の研修では、アンガーマネジメントを取り入れているところが多いと思います。怒りのピークは最初の6秒だ、という話を聞いたことがある人もいるはずです。
正直に書くと、僕はあれを信用していませんでした。
腹が立ったら、6秒では終わりません。何十回目かの訴えを受けているときに、6秒数えて収まるなら苦労しません。
感情を100%コントロールできる人がいるとしたら、それはもう人間ではないと思います。
僕がやっていたのは、完全に「無」でした
では、どうしていたか。
完全に「無」で対応していました。
感情を動かすとイライラするので、何も思わないようにする。作業として処理する。
これは技術として身につけたものではありません。いつの間にか、そうなっていました。
おそらく、そうしないと持たなかったんだと思います。
そして、「無」になったからといってイライラが消えるわけでもありませんでした。減るだけです。それでも、まったく違いました。
同僚と話していても、やっぱりそうなるよね、という人はそこそこいました。みんな、どこかでそうなっている。
ただ、それをぶつけることだけはしませんでした
ひとつだけ、決めていたことがあります。
イライラを相手にぶつけない。
理由は、優しさではありません。ぶつけたところで、いいことが何もないからです。
強く言えば、その方は不穏になります。不穏になれば、訴えはさらに増えます。落ち着かせるのに、さっきまでの何倍も時間がかかります。
つまり、ぶつけた分だけ自分に返ってきます。
感情を抑えるのは、相手のためというより、自分の仕事を成立させるためでした。
イラッとした自分を、責めないでほしい
この記事で、いちばん書きたかったのはここです。
介護の仕事をしていて、利用者にイラッとしてしまったとき。自分は介護に向いていないんじゃないか、と考える人がいます。
そんなことはありません。
あれだけの状況で何も感じない人のほうが、たぶん少ないです。少なくとも僕の周りでは、みんなどこかで同じことを感じていました。
そして、ここは実務の話としても大事です。
自分を責める人は、それを人に言わなくなります。
言わなくなると、抱え込みます。抱え込むと、いつか限界が来ます。そのときには、もう誰にも相談できない状態になっています。
これは、ミスの報告とまったく同じ構造です。責められる場所では、何も上がってきません。
有給は最低半分、20日連続の休みも|介護のホワイトな職場はシフトを組む側で決まる
まとめ:やり過ごす方法はあっても、感情を消す方法はない
整理します。
- 5分おきに同じ訴えを受けることがある。行っても出ない
- ご本人にとっては毎回が1回目。困らせようとしているわけではない
- きついのは回数ではなく、その間ほかが何もできなくなること
- 夜勤なら代わってくれる人がいない
- 転倒のリスクがあるので、放っておくこともできない
- だからイラッとする。それは人間として普通のこと
- 僕は「無」で対応していた。ただし消えたわけではない
- ぶつけないのは優しさではなく、ぶつけると自分に返ってくるから
感情を消す方法は、たぶんありません。
できるのは、やり過ごすことと、そうなった自分を責めないことくらいだと思います。
それでも無理なときは、無理です。自分が潰れてまで続けることではありません。

コメント